2015年11月23日

『しんがりの思想』

今年も暮れてまいりましたね。
一寸、色々と振り返って、

今年2015年元旦の佐賀新聞、第三部 テーマ特集 P4ー5 「戦後から紡ぐ未来」より以下引用:

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<哲学者 鷲田 清一 + 社会学者 大澤 真幸 対談>

鷲田『右肩上がりで突き進んできた戦後のライフスタイルから撤退する。その際の縮小、廃止、断念の痛みが立場の弱い人に偏らないように目配りし、セーフティーネットを整える、そんな「我慢の工夫」が大事になる。いわば退却戦の最後尾で仲間の安全を守る。それを僕は「しんがりの思想」と呼んでいます。』

大澤『考えてみれば、人口減少も財政の問題も、これからの世界がいや応なく取り組まなければいけない構造的な課題です。拡大、成長を前提に考えると苦しいけれど、発想を逆転させれば、しんがりはトップランナーでもある。未来に向けて日本がどのように積極的なスタンスをとるのか、戦後70年が大きな試金石になりそうです。』

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しんがりの思想、良いですね。
歴史に学ぶもの、または歴史を学ぶものとして、鼓舞されるものがある。

戦国時代、龍造寺鍋島軍の殿(しんがり)といえば、鍋島直茂の兄、信房でした。主要な大合戦で必ず全軍の殿に任じられた彼は、ともすれば弟の藩政確立を支えたトップランナーであったかもしれない。
未来に向けて直茂がどのようなスタンスを取るのか、今後の情勢を見据えて、軍事面政治面で試金石的な働きをしたのかもしれません。鍋島藩政の確立後、直茂はこの様なを言っている。「家中でもめたとしても、兄豊前守(信房)に対しては謙譲せよ、兄の意向を立て、蔑ろにしない事。」


しんがりの話から、つい戦国談義になってしまいましたが、
また来年も「背船の陣」を布き、無理せず頑張りたいと思います。

posted by 主宰 at 19:38| 佐賀 ☔| Comment(0) | ■歴史から何を学ぶか (論評集) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【鍋島直茂、花の美を語る】



ある時、多布施の隠居所にて薄色の牡丹の花を生けられた。

一日館内に置かれて居たが、出仕して来た者で特にこの花の美を言う者は無かった。

そんな時、直茂公は、家臣へ「花の見事なる理由を存じているか。」と問うた。

特に言及する家臣もなく「ただ、花は見事に御座いますな」という月並みの返答。

この一幕に、直茂公は、納得されぬ御様子で

「諸々の良さを見よ。例えば金銀的な値段、例えば花を生けた者の苦労造作。それらは皆、心に残るものだ。」

「花は左様なことには構わず、五色に色づくことに専心し、色香ひとすじの道である。それは綺麗なものだ。花の見事なる所は、多分にこの点だ。花も、生長して花を咲かせるには、苦労する。拝見するには、その苦労は思わず、綺麗なる事ばかりだ。」

「それについて思えば、戦などは、国郡の望みばかりに専心し、実体知らず、無理に欲に耽るのは悪しき事だ。ただ名を惜しみ御家を守り、続かせるための合戦は、仕損じても子孫の心に、必ず残る。」

と仰せになられた。



高伝寺住職にて世に名の知れた禅僧、普鉄和尚が、後でこの話を聞き、

「直茂公は、さては、悟りの領域の人で在られる」と仰った。

後日、和尚は直茂公にお会いした際、この事に触れて語られた。



//  直茂公譜考補附録十一、御壁書并御物語【一】 簡潔訳
posted by 主宰 at 03:10| 佐賀 ☔| Comment(0) | ■歴史から何を学ぶか (論評集) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月04日

■「天下」と地方について







『内田: 天下統一って、言い換えれば、地域コミュニティを全部壊すということですからね。ローカルな境界線の中でそれぞれの「ニッチ」に分かれて暮らしていた人たちの差異をなくさないと天下統一はできない。「群雄割拠」というのは、それぞれの地域には固有の統治形態があり、文化があり、宗教があり、生活習慣があり、芸能があり・・・・・・ということですから。これを一度全部壊して、日本中をある意味で標準化・規格化しようとした。今ふうにいえば「日本をフラット化した」わけですよね。こういう信長・秀吉のプランそのものが実はキリスト教的であって、伝統的な日本的霊性からは出てこない種類の政略なんじゃないですか。』

『釈: そうかもしれないですね。』

『内田: だから、鎌倉仏教は「アーシー(earthy)」だけども、安土桃山文化ってまったくアーシーじゃないですよね。都会的で、技巧的で、構築的なものですよね。むしろヨーロッパの感覚に近い。』

『釈: やはりこの時代は社会システムのみならず、根っこのところの心性が大きく変化した面があるのでしょう。例えば、キリシタンが持ち込んだ「この世界をクリエイトした神がいる」というもの。これはヨーロッパと日本とを直結する回路でもあったと思われます。』

『内田: あとやはり、農耕民族か遊牧民かということは、種族の霊性のあり方を大きく決定づけますね。キリスト教もユダヤ教もイスラームも遊牧民の宗教ですから、信者たちは羊の群れであり、指導者は「牧者」、「群れを牧する人」ですよね。これは遊牧民固有のメタファーでしょう。日本の場合は、生産様式の原型は農耕です。稲作のスタイルが完成して、一の努力が千となって収穫期に返ってくる。だから農民はそこに大きな「被贈与感」を感知する。自己努力に対して相応の報酬が返ってくるというのではなくて、努力よりもはるかに豊かな贈与が与えられる。この「個人努力と報酬は相関しない」という農耕民の実感が、もしかすると「他力」の思想と通じるのかもしれない』



/ 『日本霊性論』 内田樹・釈徹宗 NHK出版新書 (2014年8/10 刊) P.218〜219 より



posted by 主宰 at 23:23| 佐賀 ☁| Comment(0) | ■歴史から何を学ぶか (論評集) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする