2020年03月21日

★『歴史群像』による「再検証 沖田畷合戦」/ 沖田畷の戦い・史跡踏査会レポート(10)



★レポート9は、こちら:http://sagasengoku.seesaa.net/article/464254761.html

久しぶりのレポート更新を兼ねまして・・・



★学研プラス『歴史群像』No.160(2020.4月号)

「”肥前の熊” 龍造寺隆信(後編) 再検証 沖田畷合戦」

中西豪先生の最新稿、出ました!

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「龍造寺隆信研究の最前線」とも言うべき、もの凄い情報量です。

龍造寺隆信関連の記事では、他の追従を許さないクオリティーだと思います。



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中西先生の『史伝 鍋島直茂』(2002年)は名著として知られていますが、その内容をベースとしつつ、多くの新知見が盛り込まれている印象です。

沖田畷合戦の検証は詳細で、従来、他の雑誌や概説書を買えば「島津軍の釣り野伏に掛かり / 泥田にはまり 」と一辺倒の所、今回の記事では、多くの疑義が通説に潜んでいる旨を指摘されています。

イエズス会の関与について詳しく言及されている点も、新鮮です。


先年宮帯出版社から発行された『戦国の肥前と龍造寺隆信』(川副義敦先生著、2018年)は、内容としては絶版で入手困難になっていた佐賀新聞社刊『五州二島の太守 龍造寺隆信』(川副博著・川副義敦考訂 2006年)の再版という意味合いが大きく、まさに「鉄板の一冊」の有難い発行でした。

それと併せて、佐賀藩の編纂史料に基づく従来説を「多角的に」検討された中西先生の『歴史群像』龍造寺隆信・前後編は、必読の著作。

全国で広く読まれることを願います。


なお、補考として、『ルイス・フロイス』五野井隆史著、吉川弘文館(2020.2月)P.208〜209によれば、フロイスは沖田畷合戦当時、南島原の口之津周辺に居ました。沖田畷合戦の決戦地・森岳から口之津までは、島原半島東側の海沿いに34キロ程。龍造寺軍が勝利した場合の南下ルート上にフロイスは滞在しており、住民の避難所として教会の周りに防御柵設置を指示するなど、戦々兢々としていたそうです。(『完訳フロイス日本史 10』P.273~275)

比較的、決戦地に近い所で情報収集をしていたと言えるフロイスは、情報収集の精度も或る程度高かったものと想像できます。何故なら、この戦争に巻き込まれ、身の危険に晒されていた当事者でもあるからです。


★位置関係見取図:

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本ブログ:「★沖田畷の戦い・史跡踏査会レポート@〜H」(http://sagasengoku.seesaa.net/article/462785891.html)でも連々考察してきましたが、フロイス日本史は、所々『上井覚兼日記』とも内容が一致します。フロイス日本史は、沖田畷の戦いの事については、やはりある程度信憑性が高いのではないかと考えます。




↓以下、AMAZONで購入できます。


★必携 『歴史群像』2019.10月号(学研プラス)「“肥前の熊” 龍造寺隆信」【前編】(中西豪) 国衆から肥前の覇者へ





★必携 『歴史群像』2020.3月号(学研プラス)「“肥前の熊” 龍造寺隆信」【後編】 (中西豪) 再検証 沖田畷合戦 − 一代で成り上がった梟雄の最期 −








龍造寺隆信を知るなら、まずは川副先生の龍造寺隆信本と、中西先生の『歴史群像』龍造寺隆信・前後編が良いです。

『戦国の肥前と龍造寺隆信』(川副義敦、宮帯出版社 発行 2018年)






既読の方は、『佐賀大学地域学歴史文化研究センター 研究紀要 第14号』(2019年9月)「『藤龍家譜』所収文書について」中村知裕先生著を、ぜひお読みください。『佐賀県史料集成』に収録されていない一次史料群が、新紹介されています。吉田清内の妖しげな起請文も、佐賀戦国研究会内で物議を醸しておりました。




佐賀戦国研究会 




― レポート11へ続きます―






posted by 主宰 at 00:13| 佐賀 ☁| Comment(0) | ■沖田畷の戦いについて再検討する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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