2018年11月02日

【アンケート開票】ーそれぞれの幕末明治維新期 ー



先日10/28の歴史シンポジウム「幕末維新を再検討する −西郷、江藤、会津龍造寺ー」にお越し頂いた皆様、誠に有難うございました!
70名様、盛況のうちに、無事催行する事ができました。御礼申し上げます。県外からの御参加が半数に迫る勢いで、驚きました。

さが幕末維新博応援の趣旨もあり、今回全ての講演を既にYOUTUBEにて公開済です。お時間がある時に、ぜひご視聴下さい! どれも面白く、非常に勉強になりました。

→★再生リストURL:https://www.youtube.com/playlist?list=PLebvk9CsEwsGgZXou7qKGBBUEyfBkEiwB



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さて、会場で告知の通り、ご記入頂きましたアンケート上「あなたの家に残る、幕末維新期の話や、佐賀の乱の時の話があれば、ご記入下さい。後日、佐賀戦国研究会ブログにて、みなさまの逸話を紹介したいと思います。」の所を、ここで皆様にご紹介したいと思います。


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「先祖が西南戦争で西郷軍に参加し、戦死しました。曽祖父は、日露戦争で大山巌元帥のもとで戦い、生還しました。今回、大山格先生の講演を聴けて、非常に有意義でした。」

 青崎 逸郎 様


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「私の実家は佐賀市大和町の江熊野ですが、私の父の母親は武士の娘であったと聞いております。
私にとってはおばあちゃんになりますが、江熊野に嫁に来る時に土地を分けて頂いて来たそうです。
性格も、りんとしていて、はしの上下はもちろん、畳のへりは踏まないなど、よく昔の時代劇に出てくる様な女性だったと聞いております。今はもう何もありません、刀でも出て来るかなと思っていましたが、残念ながら本当に何も出てきませんでした。江戸から平成への月日が感じられます。」

 高木 アツ子 様


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「実家近くの畑の横に、石塔がありますが、戦で亡くなった方を葬ったとのこと。佐賀戦争か?
近所の人が墓を掘りかえした所、太刀が出てきたので、自宅に持ち帰ったら、原因不明の熱病にかかったとのこと。占い師に尋ねたところ、「太刀の持ち主の祟り」なのですぐに返すようにと言われ、埋め戻した、病気は良くなったとのこと。 / 友人の家は、横岳鍋島家の家臣で、佐賀戦争に従軍、嘉瀬川あたりまで敗走し、武具を川に捨て、近くの百姓から野良着を借りて、命からがら帰宅したとの話が伝わっています。」

 綾部 浩光 様


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「子年の台風で寺が倒壊。/ 明治の選挙干渉の時に、官党の拠点となり、民党に襲撃され、鉄砲などをうち込まれた。」

 福田寺 様


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「私は、福岡県大野城市に住んでいます。大宰府の近くで、幕末に京から五卿が来られて、2年以上居られ、各地に行かれた足跡が残っています。」

 匿名 様


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「自宅の近くに、戊辰戦争に参加された方の墓が残っているそうです。」

 いっさん 様


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「私の家は元々、明治〜昭和中期頃まで、小城市三日月町織島、大地町の旧道沿いにありました。佐賀の乱の時、小城藩は殆ど反乱軍となったので、うちを含む大地町の旧道沿いの家々は、表通りを官軍が通った時「反乱軍の味方では無い、関係ない」事を示すため、雨戸を締切り家の奥で、動かずじっとしていた、官軍が通りすぎるのを待っていた、という口伝が残っています。

 深川 (佐賀戦国研究会)


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ご記入頂き、有難うございました! こうして見ますと幕末から明治時代というのは、遠いようで近いですね。平成も来年で終わりますが、こうして、良い時間を共有できました事、幸せに思います。


また後日、シンポジウムのレポートを掲載したいと思います。



佐賀戦国研究会







posted by 主宰 at 04:23| 佐賀 ☔| Comment(0) | 佐賀戦国研究会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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