2015年05月04日

■「天下」と地方について







『内田: 天下統一って、言い換えれば、地域コミュニティを全部壊すということですからね。ローカルな境界線の中でそれぞれの「ニッチ」に分かれて暮らしていた人たちの差異をなくさないと天下統一はできない。「群雄割拠」というのは、それぞれの地域には固有の統治形態があり、文化があり、宗教があり、生活習慣があり、芸能があり・・・・・・ということですから。これを一度全部壊して、日本中をある意味で標準化・規格化しようとした。今ふうにいえば「日本をフラット化した」わけですよね。こういう信長・秀吉のプランそのものが実はキリスト教的であって、伝統的な日本的霊性からは出てこない種類の政略なんじゃないですか。』

『釈: そうかもしれないですね。』

『内田: だから、鎌倉仏教は「アーシー(earthy)」だけども、安土桃山文化ってまったくアーシーじゃないですよね。都会的で、技巧的で、構築的なものですよね。むしろヨーロッパの感覚に近い。』

『釈: やはりこの時代は社会システムのみならず、根っこのところの心性が大きく変化した面があるのでしょう。例えば、キリシタンが持ち込んだ「この世界をクリエイトした神がいる」というもの。これはヨーロッパと日本とを直結する回路でもあったと思われます。』

『内田: あとやはり、農耕民族か遊牧民かということは、種族の霊性のあり方を大きく決定づけますね。キリスト教もユダヤ教もイスラームも遊牧民の宗教ですから、信者たちは羊の群れであり、指導者は「牧者」、「群れを牧する人」ですよね。これは遊牧民固有のメタファーでしょう。日本の場合は、生産様式の原型は農耕です。稲作のスタイルが完成して、一の努力が千となって収穫期に返ってくる。だから農民はそこに大きな「被贈与感」を感知する。自己努力に対して相応の報酬が返ってくるというのではなくて、努力よりもはるかに豊かな贈与が与えられる。この「個人努力と報酬は相関しない」という農耕民の実感が、もしかすると「他力」の思想と通じるのかもしれない』



/ 『日本霊性論』 内田樹・釈徹宗 NHK出版新書 (2014年8/10 刊) P.218〜219 より



posted by 主宰 at 23:23| 佐賀 ☁| Comment(0) | ■歴史から何を学ぶか (論評集) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。