2019年05月13日

【告知】『中・近世日本各地の忍者たち』第2回「ここまで分かった!佐賀の忍者史」



開催が近くなりましたので、お知らせ致します。


★『中・近世日本各地の忍者たち』講座

第2回 「ここまで分かった!佐賀の忍者史」


■講師:深川 直也 (佐賀戦国研究会 代表)


■三重大学伊賀サテライト伊賀連携フィールド・三重大学人文学部・上野商工会議所「伊賀連携フィールド市民講座」忍者・忍術学講座

■日時:令和元年 5月18日(土)10:30〜12:00

■場所:三重県伊賀市上野丸之内500 ハイトピア伊賀3階 コミュニティ情報プラザホール

■ 参加無料・事前申込不要


<情報告知>

三重大学 人文学部・人文社会科学研究科:http://www.human.mie-u.ac.jp/kenkyu/ken-prj/iga/kouza.html

三重大学 国際忍者研究センター:http://ninjacenter.rscn.mie-u.ac.jp/en/

伊賀市HP: https://www.city.iga.lg.jp/0000002739.html


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★三重県伊賀市において、九州は佐賀県の忍者情報・14名分を、歴史史料に基づき列伝風に御紹介します。

津城(安濃津城)の防御を偵察した佐賀の忍の動きなど、意外な事も分かってきました。

忍の情報もさりながら、龍造寺隆信、鍋島直茂、神代勝利、筑紫広門らのコアな情報も盛り沢山です。

伊賀市また近畿圏で、龍造寺鍋島史を語る講座というのも、非常に珍しい機会だと思いますので、忍者や九州の戦国史に興味が有る方は、是非ご参加をお待ちしております。


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★告知その2

歴史雑誌『忘却の日本史』 連載記事、

神代大和守勝利 (前篇) ― 十年磨一剣、霜刃を試す ― 」深川 直也 著

2019.5/25 発売予定です。前篇・後篇と分かれており、かなり充実した「神代勝利」記事だと思います。宜しくお願い致します。




佐賀戦国研究会






posted by 主宰 at 01:38| 佐賀 ☔| Comment(0) | ■佐賀の戦国史 講演会について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月20日

★更新版★【仮説】”九州の関ヶ原”の時、鍋島直茂は黒田如水の調略に失敗していた? + 「心疎」用例の検討



慶長五年比定 九月十日付 黒田如水宛 鍋島直茂書状(『佐賀県史料集成』第11巻「坊所鍋島家文書」26号)についての事。

※当該文書の詳細な解釈は、『愛城研報告』第22号(愛知中世城郭研究会 発行 2018年8月) P.4、白峰旬先生によりなされています。

補足になるかどうか分かりませんが、「心疎」の意味について、考察を加えます。



先日、邦訳日葡辞書を見ておりましたら「心疎」が熟語であった事を、初めて知りました。(皆様ご存知でしたら大変すみません)

(日葡辞書より「Xinso」シンソ・心疎。ある人から離反すること、またはある人と何の関係ももたず、交際もしないこと。
用例:”Xinsono yǒni gozaru."(心疎のやうにござる。)



そうしますと、当該の直茂書状につきまして、

「幸便候条、用愚札候、上方到来口上二申含候間、可被聞召候、連々可申入候へ共、貴邊之儀者内府一篇之御覚悟に候間、心疎、かさねて申入間敷候、可□其御心得候・・・・」

「無心疎」(しんそなく)を、あるひとから離反する事が無い、と解釈すると、

「如水殿は内府(徳川家康)一辺倒の御覚悟で居られますので、内府を離反する気持ちも無く 、以後情報は伝えることはできない」

となり、黒田如水が内府の味方として揺るがない事が、鍋島直茂の心情として強調された文章であると同時に、反面で鍋島直茂自身もまた奉行方として固い気持ちで居る事が覗えます。

両者の摩擦、いわば内府方と奉行方の気持ちの摩擦があって、もはや「かさねて申入間敷候」という宣言で、締めくくられているものと考えました。なぜなら、直茂が如水に今後情報を伝えない理由は、如水が「内府一篇之御覚悟」だからです。


ここからは、深読みの仮説ですが、鍋島直茂の怒気が少し感じられるこの書状は、もしかして、前々から黒田如水を味方に引き入れるべく鍋島直茂が説得交渉・調略を試みてきたが(伏線として、これまで何らか情報を共有してきたことは、書状から分かります)、失敗した、という事ではないでしょうか。

無心疎を、日葡辞書に従って「あるひとから離反する事が無い」と解釈し、

「貴方と私の仲であるから、以前から音信を交わしてきたし、今後も連々情報を伝えるべきだと思うけれども、あなたは内府一辺倒の覚悟で、(私が勧めてきた)内府からの離反をする事もない。それなら私は、もはや今後貴方に情報を伝える事はできない」


この「貴邊之儀者内府一篇之御覚悟に候間、無心疎、かさねて申入間敷候」は、

「貴邊之儀者内府一篇之御覚悟に候間、かさねて申入間敷候」と、別に「無心疎」と書かなくても成立します。


敢えて、この「無心疎」が見えるのは、
「心疎させたかったが、心疎が無かった、貴方は。」

という事ではないでしょうか。


曰、”九州の関ヶ原”の時、智謀の将で知られる鍋島直茂は、黒田如水の調略に失敗していた?


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★(2019.4/21 追記)

上記、鍋島直茂が記した「無心疎」の解釈について、白峰旬先生より、非常に詳細なご教示を頂きました。御多忙の所、有難うございます。許可を頂き、下記へ紹介いたします。


@:

「『邦訳日葡辞書』には語義として「心疎かな」とありますので、直茂書状での用法は「こころおろそかな」という意味の否定形になりますね。東大史料編纂所のホームページでのデータベース選択画面→全文の検索→古文書フルテキストデータベースで「心疎」で検索すると43件ヒットします。どの用例も否定形で出ているようなので、「心疎」がない、という形で使用しています。
御心疎」で検索すると1件ヒットします(吉川家文書 1198号)。この用例も否定形で使用されています。

御指摘のように、『日葡辞書』によって「心疎」=「ある人から離反すること」と解釈して、その否定形として「内府を離反する気持ちも無く」というように解釈することが可能かどうか、という点ですが、現時点では、私見では「無心疎」はその次の「かさねて〜」に続いていると見て、強調の意味のようにとりたいと思います。

御指摘の解釈のようであれば「依無心疎対内府」というような文になるのではないか、と思うからです。つまり「無心疎」が「内府」に対してのものであると明確に書いてないことが少しひっかかります。これは、現時点での私見の解釈ですので、今後かわるかもしれません。

※私見としては、「無心疎、かさねて申入間敷候」は、「(今後はこれまでのように)親しく重ねて申し入れることはない」と解釈します。」





A:『時代別国語大辞典』室町時代編に引用されている日葡辞書「心疎」の解説では、「ある人から離反すること」ではなく、★「あるひとから遠ざかること」と記されています。両者、表現に差異が出ている件について。


「『時代別国語大辞典』室町時代編において引用されている語の『日葡辞書』の意味の記載と、『邦訳日葡辞書』(岩波書店)における語の意味の記載は、同じ言葉であっても異なることがあります。これは訳した人の違いによるものと思いますが、典拠になっている『日葡辞書』のバージョンの違いかもしれません。

ですから、「心疎」の場合も、両者を比較すると微妙に言い回しが違いますね。御指摘のように、誰に対して無心疎で、主語が誰なのか、という問題はあると思います。」 (引用おわり)



→※ 私は序盤で「(如水殿は)内府を離反する気持ちも無く」と紹介しましたが、この部分、あくまで「無心疎」には、主語の明示がありませんので、黒田如水が内府(徳川家康)に対し「無心疎」なのか、はたまた、鍋島直茂が奉行方(いわゆる西軍)に対し「無心疎」なのか(この場合、文脈としては”如水殿は内府一辺倒の御覚悟であり、私鍋島直茂は、奉行方に無心疎でありますから”、となる)、断定ができず、解釈が難しい所です。


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折角、白峰先生より貴重な御教示を頂きましたので、勉強のために「心疎」の用例をできるだけ下記へ挙げ、考えてみたいと思います。
(九州における14例、年代順)



「重々御自訴之段承候、必各申談、其取合不可有心疎候、」

『柳川市史 史料編V』「田尻家文書」42号 (天文4年頃比定 7/11)入田親廉→田尻親種宛書状




「毎々御辛労之条、必此度之事者、可被成御感候、涯分可致御取合之由被申事候、彼山御隙明候者、可為帰陣候条、御用等至 御座所蒙仰、不可有心疎候、」

『柳川市史 史料編V』「田尻家文書」92号 (年欠・元亀元年以前比定 10/19)木付鑑盛→田尻親種宛書状




「秋月於宅所一段御粉骨之趣、銘々遂披露候処、忝被請 上意候、尤珍重候、倍相応之儀、不可有心疎候、殊(田尻)鑑種御申事之儀、不可有心疎候、」

『柳川市史 史料編V』「田尻家文書」91号 (弘治3年頃比定 8/25)臼杵鑑速→田尻鑑種宛書状




「不寄自他家、至隆信様、於心疎之衆者、鶴田因幡守事、聊不可有同意之事」

図録『九州の戦国と武雄』「永野御書キ物抜書」105号 (永禄10年6/9)鶴田(因幡守)勝起請文写




「隆信事、連々之貞心不可有別儀候處、中国之者共渡海之砌、案外之覚悟、讒人之所行候哉、無心元存、可糺邪正之段、就申出候、無心疎之趣、至年寄共、始中終入魂之次第、具令承知候、」

図録『九州の戦国と武雄』「永野御書キ物抜書」138号 (永禄13年10/23)大友宗麟 → 龍造寺隆信・政家宛起請文




「一、改先非、対龍造寺隆信・同鎮賢、為草野鎮永、盡未来際不可有相違之事、一、留守弥次郎、并、吉井民部少輔事、為鎮永、当末心疎有間敷事、」

図録『九州の戦国と武雄』「永野御書キ物抜書」163号 (天正3年1/18)草野鎮永請文写



7
「対龍造寺隆信、同鎮賢、為道嘉、鎮信、当末無心疎可申談之事」

『佐賀県近世史料』第3巻 龍造寺家文書 125号 (平戸)松浦道嘉(隆信)・鎮信連署起請文 (年月日メモ忘れ)



8
「至龍造寺隆信・同鎮賢、為蒲池鎮並、不可有心疎之事、」

図録『九州の戦国と武雄』「永野御書キ物抜書」153号 (天正6年11/26)蒲池鎮並起請文写



9
「至龍造寺隆信・同鎮賢、為田尻宗達、不可有心疎之事、」

図録『九州の戦国と武雄』「永野御書キ物抜書」131号 (天正6年11月晦日)田尻宗達起請文写



10
「対田尻宗達、為隆信・鎮賢、当末不可有心疎之事」

『柳川市史 史料編V』「田尻家文書」169号 (天正6年12/22)龍造寺隆信・同鎮賢連署→田尻宗達宛 起請文



11
「今度、閣先々吉凶、小代宗禅・宗虎・親泰事、至龍造寺隆信・鎮賢申談候上者、何様盡未来際、右三人不可有心疎之事、」

図録『九州の戦国と武雄』「永野御書キ物抜書」160号 (天正7年4/4)小代親泰起請文写



12
「此方親子、対鑑種毛頭無心疎之条、弥無御疑心様以御神文申入候」

『柳川市史 史料編V』「田尻家文書」194号 (天正9年7/20)龍造寺隆信・同久家連署→田尻鑑種宛 起請文



13
「一、今度改先非、鑑種・隆信・政家申談候之条、当時行末、対鑑種、無心疎可申承之事」

『柳川市史 史料編V』「田尻家文書」203号 (天正11年7/21)龍造寺隆信・同政家連署→田尻鑑種宛 起請文



14
「一、今度被改先非、至隆信・政家被仰談候条、為鍋島飛騨守、対田尻鑑種、不可存心疎之事」
『柳川市史 史料編V』「田尻家文書」204号 (天正11年7/21)鍋島信生(直茂)→田尻鑑種宛 起請文




★ 上記に加え、高村不期氏より、「心疎」について、関東の戦国時代の用例を御教示頂きました。ご厚意に感謝申し上げます。

高村氏による大変な労作データベース(全体公開されています): historical_resource065から、「心疎」の検索結果を、以下へ引用・紹介いたします。(全4例)




「自今以後別而可有御相談旨候間、於氏政不可存心疎、無二無三可申合候、悉皆其方御馳走任入迄候、」

『戦国遺文後北条氏編』1964号(天正6年比定 1/25)北条氏政 →遠藤内匠助宛 書状(斎藤報恩館所蔵遠藤文書)




「貴辺鬱憤之擬も更難叶儀候歟、乍出角氏政父子ニ被相談候者、始中終涯分無心疎、大小事共ニ可申合候、」

『戦国遺文後北条氏編』2347号(天正10年比定 6/11)北条氏政 → 滝川左近将監宛 書状(高橋一雄氏所蔵文書)




「疾以直状雖可申述候、不知案内之間、先以遅ゝ非心疎候」

『戦国遺文後北条氏編』2439号(天正10年比定 10/25)北条氏政 → 上野筑前守宛 書状(館山市立博物館所蔵上野文書)




「炎天之砌着府、誠御辛労ニ候、雖然入魂之筋目珍重ニ候、殊息子当地ニ被指置由及承候、先以肝要候、於氏直遂日可為懇切条不及申立候、於愚老も相当之儀不可有心疎候」

『戦国遺文後北条氏編』2473号(天正10年比定)北条氏政 書状 (月日欠/差出人欠/宛所欠、上書:長尾入道殿 截流斎)(上杉文書十一)






※興味深いことに、4例全て、北条氏政による用例です。







→上記、九州の戦国時代の用例(全てではありません、他にも用例を確認しました)を挙げて検討した結果、九州では主に、家中ではなく、他家と交わされる起請文中に、打消しの「無」・「不可有」などを伴って「心疎」が用いられている事が分かりました。

(家中の下から上への起請文では、”無二心野心” ”無別心” ”無逆心” などの言葉が主のようです)



以上からの私見ですが、堅い・フォーマルな言い方を醸したい場合や、”鷹揚な口ぶり”にしたい場合に、「心疎」が用いられていると言えないでしょうか。





佐賀戦国研究会 深川 直也



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関ヶ原の戦いのシンポジウム、開催が近づいて参りました、ぜひ皆様、お越し下さい!

(事前予約不要です)

★「第二回 関ヶ原の戦いを再検討する ー高橋陽介・乃至政彦両氏に聞く関ヶ原の戦いの実像ー」

■三講師:白峰旬、高橋陽介、乃至政彦
■日時:2019年6月23日 12:00〜16:00
■場所:KOKURAホール(福岡県北九州市小倉)
■参加費:1,500円  


★公式告知:http://sagasengoku.seesaa.net/article/464037320.html


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posted by 主宰 at 01:30| 佐賀 ☔| Comment(0) | 佐賀戦国研究会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月29日

★お知らせ(2019.3/28)


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★歴史シンポジウム「第二回 関ヶ原の戦いを再検討する ―高橋陽介・乃至政彦両氏に聞く関ヶ原の戦いの実像―」@福岡県北九州市
 早いもので、三カ月後の開催となりました。

・プレスリリース:https://www.value-press.com/corporation/57516
・公式告知:http://sagasengoku.seesaa.net/article/464037320.html


シンポジウムのチラシを100ヶ所程に発送し終えました。
まさに諸国の有志各位に向けて「小倉の関ヶ原」へお越し下さいますよう、と、福岡、山口、広島、大分、佐賀、長崎、熊本、鹿児島、そして岡山、大阪、各都道府県へ・・・祈るような気持ちで檄文を飛ばす、奉行衆の様な気持ちになりました。主要な図書館で、置いて頂けている場合は、ぜひチラシをお取りになられて下さい。



ここから、お世話になっております講師御三方について、
要チェックの最新情報をお知らせします。



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■ 白峰旬 先生 (TVご出演予定)


『歴史科学捜査班』「真説・関ヶ原 実験で明らかになる合戦の実像」
https://www.bs11.jp/entertainment/history-crime-scene-investigation/

 日時:2019年4月1日(月)19時〜 20時
 チャンネル:BS11

白峰旬先生がインタビュー出演される予定との事です。


番組HPより:

「スタジオ出演者:高橋 真理子(朝日新聞 科学コーディネーター)、矢部 健太郎(國學院大學文学部 教授)

慶長5年、1600年、徳川家康を総大将とした東軍約9万人と石田三成率いる西軍約8万人の軍勢が激突した天下分け目の戦い「関ヶ原の戦い」。戦いが始まって4時間。徳川家康が西軍小早川秀秋に向けて寝返りを促す威嚇射撃を行った「問鉄砲」。これをキッカケに東軍への寝返りを決意した小早川の行動で西軍陣形は総崩れとなり午前8時から始まった戦いは6時間で勝敗が決まったという。しかし、この通説を根本から覆す説が近年、発表された。捜査班はその全容を掴むため専門家のもとへ。そこで知る驚きの説とは?なんと主戦場は関ヶ原ではなかった?また問鉄砲は本当に行われたのか?検証から明らかになる問鉄砲の真実とは?さらに当日発生した霧を再現。捜査班が行った実験から霧が及ぼした影響が見えてくる。東軍が勝利した関ヶ原の戦いとは一体何だったのか! 」


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■ 高橋陽介 先生 

(新著の刊行、および中日文化センター栄にて新講座スタート)



橋先生の公式ブログ:『一次史料と関ヶ原合戦と高橋家の日々』
http://takahasiyo.blog.fc2.com/

以下ブログより引用紹介です。主に、奥様が運営されています。
新著が発売されました!

『慶長四年一月三日付島津龍伯起請文をどのようにとらえるか』

前回より、かなり厚めの144ページになっております!
皆様のご期待にそえる一冊になっております(´ω`人)
今回もマツモトシィマ先生に表紙を描いて頂きました(o‘∀‘o)*:◦♪
めちゃくちゃ、龍伯がカッコいい〜〜♡

島津本A表紙
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※自費出版により書店での販売はございません。
※通販のみの販売です。
※限定200部です。売れ切れ次第終了です。

※表紙かっこいいけど、マンガではなく一般書でございます(。>ω<。)ノ
※メールには、必ず返信させていただいておりますが、お客様のメールの設定(着信拒否等の)などにより、メールがとどかない場 合がございます。あらかじめ、ご了承ください。」

★購入方法はコチラからご確認下さい!:http://takahasiyo.blog.fc2.com/blog-entry-194.html

なお、高橋先生も佐賀戦国研究会の会員でございます。



4月から中日文化センター栄で、乃至政彦先生と、高橋陽介先生の講座が始まります。
http://www.chunichi-culture.com/programs/program_181839.html

以下、公式HPより引用紹介です。



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講座タイトル:『天下分け目の関ヶ原の合戦はなかった』


講師:歴史家 乃至政彦, 歴史研究者 高橋陽介
日時:第3火曜 10:30〜12:00
回数:5回
受講料(税込):13,770円
会場:栄中日文化センター(愛知県名古屋市中区栄4-16-36 久屋中日ビル7階 )
※受講申込が必要。

日本で最も有名な戦いの一つ「関ヶ原合戦」。その主戦場は関ヶ原の平野ではなく、家康も三成もいなかった!?
一次史料を読み解くことで、従来の「関ヶ原合戦」観を覆す驚きの真実を解説します。4月から始まる5カ月講座です。」

詳細や申込み情報はこちらへ:http://www.chunichi-culture.com/programs/program_181839.html 

話題のあの本。乃至先生・高橋先生の解説が直に聴ける貴重な機会ですね!




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■ 乃至政彦 先生 

(新著の刊行、および新講座スタート、そして新潟県において上杉家関連の講演会)



★詳細は、公式HP『天下静謐』http://www.twinkletiger.com/)をご覧ください。

新著が刊行されます!

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以下、公式HPより引用紹介です。(http://www.twinkletiger.com/2019/03/23/post-1677/

4月10日『平将門と天慶の乱』(講談社現代新書)発売!

『平将門と天慶の乱』目次です。

‪序 章 怨霊伝説を検証する‬
‪第一章 蔭子・将門の少年期‬
‪第二章 遺領が招いた争族‬
‪第三章 平良兼・良正の襲撃と源護の策謀‬
‪第四章 追捕使・将門の勇躍と逆襲‬
‪第五章 坂東独立の風雲‬
‪第六章 将門、新皇に即位す‬
‪第七章 誰が新皇を殺したのか‬
‪第八章 敗者の声と勝者の宴‬
‪終 章 神田明神と将門塚の興起‬ 」



★新潟県での講演会について

四月は新刊発売、関ヶ原講座開始、景虎法要

4月の予定をこちらに記します。

6日発売予定の月刊誌で取材応答いたしました。関ヶ原合戦についてお話しています。

10日には新刊『平将門と天慶の乱』(講談社現代新書)が発売となります。作家や学者にはできない歴史家としての仕事をやりました。

16日より名古屋栄中日文化センターで高橋陽介先生と歴史連続講座「天下分け目の関ヶ原の合戦はなかった」を開始します。関ヶ原合戦の新しい解釈を学ぶ、またとない機会です。

29日は妙高市の勝福寺で、上杉景虎440回忌記念講演「上杉景虎の人物像─反逆者とされながら、なぜ悪評を残さなかったのか」に登壇いたします。

日時:4月29日 14:30から。
場所:勝福寺(新潟県妙高市乙吉496)
主催:公益財団法人 妙高文化振興事業団 共催:斐太地区協議会、斐太史跡保存会 」


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八面六臂のご活躍です。愛知県、そして新潟県のお近くの方は是非、講演会に御参加されることをお勧めします!




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佐賀戦国研究会関連


中西豪 先生(歴史研究家):

2019年内、某歴史雑誌へ、戦国時代の龍造寺氏関連の記事を執筆予定。



深川直也 (佐賀戦国研究会主宰):

三重大学伊賀サテライト伊賀連携フィールド・三重大学人文学部・上野商工会議所「伊賀連携フィールド市民講座」
忍者・忍術学講座「中・近世日本各地の忍者たち」

第2回講座 5月18日(土) 「ここまで分かった!佐賀の忍者史」 深川直也(佐賀戦国研究会)

http://www.human.mie-u.ac.jp/kenkyu/ken-prj/iga/kouza.html


日時:2019.5月18日(土曜)10:30〜12:00
会場:ハイトピア伊賀3階(三重県伊賀市上野丸之内500)
入場:無料 申込不要

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★史料上で新たに見かけた、筑紫広門の忍らしき者、神代長良の忍らしき者、また三重の安濃津城の防御を偵察した龍造寺軍の「忍」関連の情報を、はじめてお話しする場となります。(深川)




以上、お知らせでした!





posted by 主宰 at 00:17| 佐賀 ☀| Comment(0) | 佐賀戦国研究会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする